診療のご案内ワクチン・予防接種
【2025年版】犬・ワクチン種類の選択をどうするか?
~地域データと科学的根拠から考える~
公開日:2013年11月30日
最終更新日:2025年5月16日
当院では、図1で示すように5種混合ワクチン『ノビバック DHPPi』、7種混合ワクチン『ノビバック DHPPi+L』、レプトスピラだけの4種ワクチン『バンガードL4』の3種類の接種が可能です。では、どのワクチンを選択すればよいでしょうか。結論から言えば、レプトスピラ症の予防が必要かどうかにより、5種か7種、あるいはレプトスピラだけのワクチンの接種を判断することになります。
図1.DHPPi(5種)、DHPPi+L(7種)、バンガードL4ワクチンで予防できる病気
レプトスピラ症予防の必要性によりワクチン種類を選択します
レプトスピラとは?
レプトスピラ症は、スピロヘータという細菌の一種である病原性レプトスピラによって引き起こされる人獣共通感染症です。げっ⻭類、特にドブネズミが主要な保有宿主とされており1)、これらの動物の尿によって汚染された水や土壌が人や犬の感染源となり、皮膚や粘膜を介して感染します。レプトスピラには、30を超える血清群と300種類以上の血清型が知られており2)、非常に多様性の高い細菌です。
人のレプトスピラ症 ~犬は人の主要な感染源ではありません~
人のレプトスピラ症は、軽度な風邪のような症状から、重症では黄疸、腎障害、出血傾向などの多様な臨床像を示します。日本では、2003年11月から「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」に基づき、人のレプトスピラ症は四類感染症に指定されており、診断した医師は直ちに保健所への届出が義務付けられています。
国内では、2024年に53例、2015年~2024年の期間においては年間16~76例が報告され、年間平均で40例が報告されています3)。季節的には夏~秋にかけて多く、特に8月の発症が最多であり、7~10月に発症が集中する傾向があります4)。国内の推定感染地として、報告例の約半数は沖縄県に集中しており、そのほとんどはレプトスピラに汚染された河川でのレジャー活動や労働で感染したと考えられています4,5)。国内での集団発生の多くは、このような汚染された河川での暴露が原因です。2023年には沖縄県において、河川でカヌー遊びをしていた5名の集団感染事例6)、2022年には福岡県で増水した濁流の河川に遊泳した5名の感染事例7)が報告されています。
東京都は、レプトスピラ症の届出件数が全国で2番目に多い都道府県です。人口が多いため、沖縄県などのレジャー活動中に感染して帰京する例が多いと考えられますが、実際に東京都内での感染例も報告されています8-11)。これは、保菌しているネズミとの直接的な接触が主な原因であり、世界的にも、ネズミの繁殖しやすい都市部やスラム街ではレプトスピラ感染が増加しています12)。
一方で、犬が人の感染源になることは極めてまれと考えられています。2024年には、日本国内において、飼育犬の感染後に飼い主が発症したとされる事例が初めて報告されました13)。しかし、これまでに報告された国内のレプトスピラ症251例のうち、犬との接触が感染源と疑われたのはわずか約1%(3例)に過ぎず、いずれも犬からの感染を証明できていません8)。
また、海外においても同様の傾向がみられます。2024年にアメリカで犬からの感染が疑われる事例が報告されましたが14)、スイス(91人)およびアメリカ(118人)で行われた調査では、レプトスピラ感染犬と濃厚接触していた人の中に感染者は確認されませんでした15, 16)。
以上のことから、レプトスピラの流行地域では、動物が保菌する尿を介した環境汚染が、間接的に人の感染リスクを高める可能性はあるものの17)、犬が人への直接的な感染源となるケースは非常に少ないと考えられます。ただし、レプトスピラ感染が疑われる犬との接触は可能な限り避け、適切な衛生管理を徹底することが望まれます。
当院の飼い主がお住まいの神奈川県では、2015年~2024年の10年間のレプトスピラ症の届出数は10例で、都道府県別では全国で5番目に多い件数です3)。感染源が公表されている事例では、いずれもネズミとの接触が原因と考えられており、清掃作業や市場関連業務に従事していたケースが中心でした18, 19)。したがって、神奈川県にお住まいの方にとっては、犬との接触よりも、ネズミとの接触を回避することのほうが、感染予防の観点からは重要であるといえるでしょう。
犬のレプトスピラ症
犬のレプトスピラ症も人と同様に臨床症状が非常に多様かつ非特異的です。無症状のまま経過する場合もあれば、軽度の発熱や倦怠感、食欲不振、嘔吐、多飲といった症状を示すことや、さらには重症化して腎臓・肝臓・肺に重篤な障害を及ぼすこともあります20)。重症化した場合の致死率は高く、国内では53.2%と報告されています21, 22)。初期段階では発熱や黄疸といった典型的な兆候がみられないことも多く、軽症例ではレプトスピラ症と診断することは非常に難しいのが実情です。季節的には、全体の75%が9月〜12月に集中しており(図2)、夏から秋にかけては特に注意が必要です3)。
図2.犬のレプトスピラの月別届出頭数(2015-2024)
犬におけるレプトスピラ症の発生状況は、地域によって大きく異なります。レプトスピラ症と診断された犬について、7つの血清型に関しては家畜伝染病予防法に基づく届出伝染病に指定されており、農林水産省はこれらの届出データを基に、毎月の発生数を公表しています23)。
当院では、過去10年間(2015年1月~2024年12月)の届出状況を都道府県別に集計し、図3にまとめています。これによると、レプトスピラ症の届出は、西日本および太平洋側に多く、関東地方でも南関東を中心に比較的多く報告されています。一方、甲信越・東北地方ではほとんど報告がありません。
図3.犬におけるレプトスピラの発生状況(2015-2024)
神奈川県では、年間の届出数は2019年までは数年に1件の届出があるのみでしたが、2022年以降は急増し2022年~2024年の3年間で計13件(年間平均4.3件)の届出がありました。レプトスピラ疑いの「疑症」を含めた届出市町村が判明している2012年以降のデータ(図4)では横浜市が最多の9件で、次いで、川崎市3件、逗子市3件など、届出の92%が東京湾や相模湾に面した地域から報告されています。
図4.神奈川県内の犬におけるレプトスピラの発生状況(2012-2024)
近年の届出数の増加は、レプトスピラ病が実際に流行している可能性もありますが、レプトスピラ症の「真症」の基準が緩和されたことも影響していると考えられます。従来は、家畜伝染病予防法で届出が義務付けられている特定の血清型に該当しなければ「真症」とは認められず、多くの獣医師は血清型が不明な場合、レプトスピラ病であったとしても「疑症」として届出を行っていました。このため、実際の流行状況と届出件数に乖離があったと考えられます。しかし、家畜保健衛生所に確認したところ、2020年以降は獣医師の診断に基づき、血清型の判定がなくても「真症」として届出を受理する対応を取られているとのことです。この「真症」の基準変更が、近年の届出数の増加に寄与している可能性もあります。
犬のレプトスピラワクチンの注意点 ~過剰な期待はしない方が良い~
神奈川県の海に面した地域にお住まいの方は、地域の流行状況を注視し、レプトスピラワクチンの接種を検討すべきかもしれません。ただし、レプトスピラを予防するにあたり、どの血清型に対して効果が期待できるのかを飼い主自身が理解しておく必要があります。前述の通りレプトスピラには多数の血清型が存在するため、流行している血清型とワクチンに含まれる血清型が一致していなければ、ワクチンの効果は期待できません。実際、2017年に大阪府内で発生した集団感染では、11頭が感染し9頭が死亡しました。そのうち6頭はレプトスピラワクチンを接種していたにもかかわらず死亡しており、ワクチンの血清型と感染型の不一致が示唆されます24, 25)。
犬における地域別の流行血清型については、十分な情報を得ることができません。神奈川県が2004年〜2010年に実施した調査では、すべて「カニコーラ」型でした26)。また、2019年に相模原市で報告された症例は「イクテロヘモラジー」型とされており27)、『ノビバック DHPPi+L』や『バンガードL4』で予防可能なこれら2血清型が、県内での主要な血清型である可能性があります。他県で実施された調査でも、神奈川県と同様に「イクテロヘモラジー」あるいは「カニコーラ」が多数を占める報告がある一方で28-32)、「ヘブドマディス」や「オーストラリス」が多数を占めた報告もあります21)。
「ヘブドマディス」や「オーストラリス」に対応するワクチンは市販されておらず(図5)、すべての血清型をカバーできるワクチンは存在しません。また、レプトスピラワクチンの特徴として、抗体持続期間が短く、免疫記憶も比較的短いため、効果は1年ほどしか期待できません33)。このような理由から、レプトスピラワクチンの効果には一定の限界があり、過剰な期待は避けるべきです。
図5.国内で入手可能な犬のレプトスピラ症のワクチン
大阪府でレプトスピラ感染が確認された犬の多くは、同じ河川敷を散歩コースとしていたことが明らかになっています24, 25)。レプトスピラ菌を保有するげっ⻭類や野生動物の生息域である河川や水源周辺では、感染リスクが高まります。流行地域においては河川や水源周辺から犬を遠ざけることが、有効な予防対策の一つかもしれません。
ワクチン接種には、ごくまれながら副反応のリスクもあります。当院の周辺地域(愛甲郡、厚木市、伊勢原市)では、これまでレプトスピラの発生報告はなく、2024年に厚木市で届出が1件あったものの、感染推定地に関する情報は明らかになっていません。また、予防には毎年の追加接種が必要になることから、接種回数が増えるほど、副反応に遭遇するリスクが高まります。
以上を踏まえると、当院では、愛甲郡・厚木市・伊勢原市における飼育犬に対して、定期的なレプトスピラワクチンの必要性は現時点では比較的低いと考えています。ただし、当地域で流行が確認された場合には、接種を推奨することもあり得ます。また、旅行やアウトドア活動などで流行地域への同行を予定している場合には、接種の必要性が高まることもあります。皆様のライフスタイルに合わせた判断をお願いいたします。
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