診療のご案内全身麻酔

全身麻酔を受ける動物の飼い主のみなさまへ

全身麻酔は、意識をなくすことで手術中の不安やストレスを軽減し、鎮痛薬を併用して痛みを抑えることで、処置を安全かつ円滑に行うために欠かせない動物医療技術です。また、動物では内視鏡検査やCT検査など、体を動かさずに実施する必要がある検査においても広く用いられています。

「麻酔」と聞くと、不安を感じる方も多いのではないでしょうか。当院では、飼い主さまに安心してお任せいただけるよう、全身麻酔の流れや安全対策について丁寧にご説明するとともに、安全性の向上に継続的に取り組んでいます。

当院の特徴:動物麻酔基礎技能認定医によるチーム麻酔体制

当院では、動物麻酔基礎技能認定医 別ウィンドウ表示の資格を有する複数の獣医師が連携し、チーム体制で麻酔管理を行っています。手術前の全身評価から、麻酔の導入・維持、覚醒管理および術後の疼痛管理まで一貫して細やかなモニタリングを実施し、安全性の高い麻酔管理に努めています。

2026年4月時点で全国の動物麻酔基礎技能認定医は298名 別ウィンドウ表示がおり、当院では4名が在籍しています。複数の認定医が協力して麻酔を担当する体制は動物病院としては比較的珍しく、より安心して麻酔を受けていただける環境につながっています。

この資格は専門医資格のように高度な専門分野を示すものではありませんが、安全に麻酔を実施するために必要な知識と技術を体系的に修得していることを示すものです。当院では、学会が示す指針に基づいて麻酔手技やモニタリングを標準化し、どの獣医師が担当しても一定水準の安全性を保てる体制づくりに努めています。

犬や猫の全身麻酔の危険性は?

犬や猫の全身麻酔における死亡率は、これまでの報告では犬で0.01~5.11%(図:犬の麻酔危険率)、猫で0.05~2.18%(図:猫の麻酔危険率)とされています。数値に大きな幅があるのは、対象となる動物の健康状態や施設の特性、麻酔関連死の定義の違い、さらには全身麻酔以外の鎮静処置が含まれている場合があるためです。

特に、当院のような一次診療施設(かかりつけ医)では、健康な動物の避妊・去勢手術を行う機会が多く、高齢で重篤な状態の動物を多く扱う大学病院や高度医療施設とは集団背景が異なります。一次診療施設に限った報告では、死亡率は犬で0.01~0.23%猫で0.05~0.31%とされています。

犬における全身麻酔の死亡率

図:犬における全身麻酔の死亡率

猫における全身麻酔の死亡率

図:猫における全身麻酔の死亡率

このように麻酔の危険性は動物の全身状態によって大きく変化するため、手術前に全身状態を評価し、麻酔リスクを適切に見積もることが非常に重要です。

当院では、すべての麻酔症例に対して米国麻酔科学会全身状態分類(ASA分類)(図:ASA分類)による全身状態評価を手術前に実施しています。ASA分類は数値が高いほど麻酔リスクが高くなることが知られており(図:ASA分類と麻酔死亡率)、その評価に基づいて想定される合併症のリスクについて飼い主さまへご説明しています。

米国麻酔学会術前状態分類

図:米国麻酔学会術前状態分類

犬と猫におけるASA分類による麻酔死亡率

図:犬と猫におけるASA分類による麻酔死亡率

当院における犬や猫の全身麻酔の流れ

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1.麻酔前検査と評価

動物の全身状態を把握し、麻酔中の安全性を高めるため、当院では問診と身体検査を重視して行い、必要に応じて血液検査や胸部レントゲン検査などの麻酔前検査を実施しています。

これらの検査は原則として麻酔予定日の2週間以内に行い、体調や検査結果に応じて追加検査を行うことがあります。検査内容は一律ではなく、年齢や健康状態、予定される処置内容に応じて個別に判断しています。

また、強い恐怖や攻撃性などにより安全に検査を実施することが難しい場合には、動物への負担や事故のリスクを考慮し、検査内容を変更または簡略化することがあります。その際は、身体検査やこれまでの診療情報をもとに総合的に評価し、安全性に十分配慮した麻酔計画を立てています。

2.麻酔前日の家庭での過ごし方

前日は、できるだけ普段どおり落ち着いて過ごしてください。シャンプーやトリミングサロン(美容目的のカット/グルーミング)のご利用は、動物の負担となる可能性があるため控えてください。

食事は、原則として手術前日の夜12時以降は与えないようにし、フードの入った食器は片付けてください。お水は当日朝まで飲んでも問題ありません。ただし、16週齢未満の幼若動物や体重1~2 kg程度の超小型犬では低血糖のリスクがあるため、絶食時間を短縮する場合があります。その際は担当獣医師の指示に従ってください。

胃の中に食べ物が残った状態で麻酔や手術を行うと、合併症を引き起こす可能性があるため、必ずお守りいただくようお願いします。

3.麻酔当日の家庭での過ごし方

当日の朝も、できるだけストレスを与えないよう普段どおりに過ごしてください。排泄を兼ねた軽い散歩は問題ありません。

食事は与えず、絶食を継続してください。お水はご自宅を出る直前まで飲んでも問題ありません。

日常的に使用している心疾患治療薬や抗てんかん薬がある場合は、当日も必ず投薬してください。その他のお薬については、担当獣医師の指示に従ってください。

来院時間は原則として午前9時にお願いしています。事前にご記入いただいた問診表をお持ちいただくことで、受付後のお預かりがスムーズに行えます。

万が一、誤って食事を与えてしまった場合や体調の変化がみられた場合は、来院前にご連絡ください。

4.来院後の確認・お預かり

来院後は、事前にご記入いただいた問診票の内容を確認したうえで動物をお預かりします。手術当日はお仕事前など限られた時間で来院される飼い主さまも多いため、受付時には愛玩動物看護師が体調や当日の様子を確認し、できるだけお待たせしないよう配慮しています。

お預かり後、院内にて獣医師があらためて問診内容や身体状態を確認し、必要に応じて追加の評価や検査を行います。麻酔や手術の実施に影響する所見が認められた場合には、必ずご連絡いたします。

麻酔や手術、処置に関してご不明な点やご不安なことがありましたら、事前説明時または来院前に遠慮なくご相談ください。

5.麻酔までの準備

お預かりした動物には、点滴やお薬を安全に投与できるよう、前足などの静脈に留置針(プラスチック製の細い管)を設置します。

長時間の絶食が必要な場合や出血リスクの高い手術、脱水傾向がみられる場合、高齢動物、心臓や腎臓の機能が低下している動物では、必要に応じて点滴(輸液)を開始します。

また、緊張や興奮が強い動物には、ストレスを軽減するために鎮静薬や抗不安薬を使用することがあります。

そのほか、動物の状態を確認しながら、必要に応じて麻酔前に追加検査を行う場合があります。

6.麻酔前投与

安全で円滑な麻酔導入を行うため、麻酔導入前に鎮静薬や鎮痛薬などを投与します。これにより動物の不安や緊張を和らげるとともに、手術中および手術後の痛みを軽減し、麻酔薬の必要量を減らすことで体への負担を抑えることができます。また、痛みが強くなる前にあらかじめ鎮痛を開始すること(先制鎮痛)で、より効果的に痛みを抑えることを目的としています。

使用する薬剤は、基礎疾患や手術前評価、動物の性格、予定される手術や処置内容に応じて個別に選択しています。

7.麻酔導入

鎮静が十分に得られた後、心拍数、心電図、呼吸状態、血圧、体温などの各種モニターを装着し、酸素を吸入させながら静脈から麻酔薬(主にプロポフォールなど)を少量ずつ投与し、ゆっくりと眠った状態に導きます。

麻酔導入では、必要以上に深い麻酔にならないよう、動物の反応や循環・呼吸の状態を確認しながら慎重に投与量を調整します。また、麻酔薬は呼吸を弱めることがあるため、導入前には十分に酸素を吸入させ、安全に呼吸を管理できるよう速やかに気管チューブを気管内へ挿入します。

麻酔導入時は呼吸や循環が変化しやすい重要な段階であるため、麻酔担当の獣医師が状態を注意深く観察しながら、安全性を最優先に慎重に行います。

8.麻酔維持(麻酔中の管理)

気管チューブを挿入した後は麻酔回路に接続し、酸素と吸入麻酔薬を用いて麻酔状態を維持します。動物の状態に応じて酸素濃度や麻酔薬の量を細かく調整し、必要以上に深い麻酔にならないよう管理しています。

麻酔中は、心拍数、心電図、血圧、呼吸状態、体温、血中酸素飽和度(SpO₂)、呼気中二酸化炭素濃度(EtCO₂)などを生体モニターで継続的に監視し、動物の反応や全身状態を総合的に評価しながら麻酔の深さを調整します。

また、手術の痛みを抑えるために複数の鎮痛方法を組み合わせる「マルチモーダル鎮痛」を行い、麻酔薬の使用量を抑えながら安定した麻酔管理を目指しています。手術内容に応じて局所麻酔を併用することもあります。

麻酔中は担当の獣医師が常時モニターと動物の状態を確認し、わずかな変化にも速やかに対応できる体制を整えています。また、麻酔中の経過は記録として残し、安全管理と術後評価に役立てています。

9.麻酔覚醒

手術や検査が終了すると麻酔薬の投与を停止し、動物が安全に目覚められるよう覚醒管理を行います。覚醒期は呼吸や循環の状態が変化しやすく、麻酔管理の中でも特に注意が必要な段階です。

気道内や口腔内に分泌物がある場合は吸引して取り除き、呼吸が安定する姿勢を保ちながら酸素吸入やモニタリングを継続します。体温が低下している場合には加温装置を使用し、体温の回復を促します。

自分でしっかり呼吸できる状態となり、意識や反射の回復を確認したうえで、安全に気管チューブを抜去します。特に短頭種犬など気道が狭い動物では、十分に覚醒するまで気道を確保しながら慎重に管理します。

覚醒時には一時的に興奮することがありますが、多くは短時間で改善します。必要に応じて鎮静や鎮痛を追加し、動物が安心して回復できるよう対応します。覚醒後も自力で安定して姿勢を保てるようになるまで、担当獣医師が継続して状態を確認します。

10.手術後の疼痛管理

手術後の痛みをできるだけ軽減することは、回復を早めるうえで非常に重要です。当院では手術内容や動物の状態に応じて、複数の鎮痛方法を組み合わせた疼痛管理を行っています。

術後も痛みや体調の変化を注意深く観察し、動物の表情や行動、反応の変化をもとにしたペインスケール(表情や行動から痛みを評価する方法)を用いて痛みの程度を評価しながら、必要に応じて追加の鎮痛処置を行います。